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岩手宮城

4年前、初めて被災地に行き、心が入れかわった様な気がした。その後音楽のチカラを感じ鹿児島で3年今までにない活動をした。そして、その活動も一段落して再び被災地へ戻った。というより戻りたかった。今回はかねてからの友人?でもあるご住職が宮古市から沿岸部を歩いてまわるという情報を知っていたの でこれは行かねばと思い、駆けつけた(新幹線と車で。)
釜石〜超喜来〜大船渡〜陸前高田〜気仙沼〜南三陸町。

5年たった今の現実を見れた。iPhoneのカメラがきれいにとれても、全然足りなかったし、全てを写すことは不可能だった。壊滅的な被害のあった大船渡 や陸前高田や気仙沼や南三陸(いや、どこも被害が大きい)は、一軒家で言えば、今家の基礎を作ってる段階で、それと同時に、沿岸にとてつもない防波堤を同時進行しているといった感じだ。そん中、新しい家やお店なども多くあった。

ご住職と別れ、今回メインで行きたかった南三陸町の仮設住宅。4年前お世話になった方に会いにいったけど会えず(アポ無しでいったから当たり前)でしたが、僕が今回印象に残ったのは、陸前高田の、本当に町がなくなったその場所にダンプと砂ボコリが行き交う中、高校生が制服で歩いていた。まわりは本当に何も無い。5年後、10年後、彼らが大人になる頃にこの町はどんな新たな町になっていて、彼らはどんな大人になっているのかと、とても目に焼き付く光景だった。十代後半にして生まれ育った町の景色がなにもない。とても切なく感じた。

車に乗りながらいろんな事を考えた。仕事があって当たり前、友達がいて当たり前、家族がいて当たり前、そんな事がどんだけ当たり前じゃないかという事を、5年たってまた思い返した。ここ被災地はどの町にもない人との思いやりと愛がある町ではないでしょうか。ぼくが今日見たものはぼくにしか分からないけど、またこの町でいつか、すずのたびをしたいなと思いました。
最後に岩手や宮城の素晴らしい景色に感謝して、住職にも感謝してまた明日からただひたすらがんばろうと。
東北、今度はもう少し時間かけてゆっくり行きたい。電車とか乗りながら。







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