音楽のチカラって何?



いよいよ今日からはじまる国民文化祭の一つの事業「音楽のチカラ」の本番ステージが11月3日にあります。鹿児島全域で様々な事業がある中で、僕たちが行うこの「音楽のチカラ」について今日は少し長々と書こうと思ってます。

そもそもこの国民文化祭とは。文化の国体と言われ今年で30回もやってます。僕たちもこの話が決まったときその時はよく分かっていませんでしたが、各都道府県持ち回りで今年が鹿児島。次回鹿児島に回ってくるとしたらかなり先となります。そんな中で、なぜ東京で活動する高鈴が鹿児島の文化事業に入る事になったか。

初鹿児島ライブが2012年。その時にご縁があり、鹿屋市の自主文化事業で高鈴を再び呼んでもらいました。3年前の話です。
いままで通り普通にその街へ行き、ライブをして打ち上げがあってまた東京に帰ると思ってました。ただ、2012年と言えば、僕たちの中でも東日本大震災後もあり音楽を続ける事の意味合いをとても探していた時期で「ただひたすらに」という曲である意味自分たちの迷いを歌に込めて、それを各地で披露して自らのモチベーションをあげてライブなどしてました。それぐらい先の見えない時期だったと思います。音楽だけでなく、それぞれのジャンルでそういった事があった時期じゃないのかなと。

その時にとある福祉施設で演奏してほしいと言われ2曲ほど、普段生演奏を聴く機会の少ない人たちの前でやる事となりました。
始まりはそこです。その時これが音楽の持つ最大限のチカラじゃないかなと思いました。なんの情報もなく、会話もない中、音楽をやりました。テレビやラジオ、SNS、何も無い真っ白な場所でした。この体験で僕たちの中でようやく明るい光が見えたのは今でも鮮明に覚えています。それから、複数の障がい者支援施設を廻る、訪問型ライブを続けました。ぼくは夢中になっていたと思います。これが音楽だ!と毎回思っていました。迷いのどん底から救われた思いと、演奏をきいた人たちの明るい表情でものすごく救われました。

そして、再び悩みました。これはこちらからの一方通行じゃないかと。都会からやってきた押し売りではないのかと。そんな中、これ以上新しい福祉施設を増やすのはやめようと、そのかわり新しい場所、「学校」で同じような事ができないかという考えにシフトしていきました。

学校の体育館でライブしたのも初めてでしたが、そもそもその学校の全校生徒に音楽を聴かせるといった感覚が全くありませんでした。分かりやすいヒット曲でもあれば別ですが、「高鈴です。今日はオリジナル音楽聴いてください。」
といっても、その反応がどのようなものなのかは想像つきませんでした。でも、そこでも音楽のチカラはあったと思います。
その学校にとけ込むのに時間はそんなにかかりませんでした。合唱部のある所にこれも訪問ライブをして、子ども達とコミニュケーションをとっていきました。とても新鮮でした。お互いが無いものを分け合ったような感覚でした。歌の好きな子ども達と音楽をやる事で音楽の楽しさをとても教えてもらいました。

そのお互いの気持ちの交換で、僕たちはやっぱりオリジナル合唱曲を作る事を決めました。曲名は「私たちが帰る場所」。
この曲でより子ども達と近い距離になったと思います。それは僕達も本気で作ったし、それを本気で覚えて歌ってくれている
関係性が日に日に強くなっていったからです。


3年の中で、いろんな交流がありましたがもちろん卒業して行った子ども達もいます。また新しく入った新入生もいます。
時間がたつにつれてどんどんその街のことや、その学校の事、地域の事が見えて来ました。もうその時は迷いなどかけらも無かったと思います。特にぼくは相方出産の時期に一人で鹿屋へ行き、活動もしました。今では普通に山口さんとかアッキーさんと言ってもらってますが、当時はまだまだ自分自身も不安の固まりで心を開いてなかった思います。

たくさんの出会いがある中、高鈴も今まで見えなかった景色がみえてきたのがこの鹿屋との音楽交流です。今ではデザインや撮影などのジャンルは東京の仲間達が手を貸してくれてます。人と人とがつながるってとても気持ちいいなと思います。

さあ、間もなく始まる本番のステージでは子ども達や施設利用者の皆さんと、最高に楽しみ、改めて音楽のチカラを感じて行きたいと思ってます。おたのしみに。






 
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